○2013年6月14日、朝の散歩に、甘棠湖の煙水亭へ出掛けた。前回、そのことを案内している。しかし、無目的に煙水亭へ出掛けたわけでも無い。実は、甘棠湖、煙水亭は、白居易「琵琶行」の舞台だとされるところでもある。だから、ある意味、九江市で唯一の観光した所が甘棠湖、煙水亭であった。
○中国の検索エンジン百度百科が案内する甘棠湖にも、次のようにある。
甘棠湖
【简介】
甘棠湖,古名:景阳湖,是九江市内最引人入胜的景点,甘棠湖面积约八十公顷,是一座“自有源头
活水来”的天然湖泊,甘棠湖位于江西省九江城区,南倚庐山,北濒长江,平均水深1.4米,最深达2.4米,
东西约长2公里,南北宽1.9公里,水源由庐山泉水汇入而成,水质晶莹洁净,就像一颗璀璨的明珠镶嵌
在古城浔阳的中心。东汉末年,东吴名将周瑜曾在此演练水师。唐诗人白居易为江州司马时,建亭于湖心,
以《琵琶行》中“别时茫茫江浸月”之句名“浸月亭”。北宋寓“山光水色薄笼烟”之意改为“烟水亭”。
由于相传周瑜练水军时曾在此点将,故又称“周瑜点将台”。
○一応、白居易「琵琶行」を案内しておく。
琵琶行
白居易
琵琶行序
元和十年、予左遷九江郡司馬。明年秋、送客浦口、聞舟中夜彈琵琶者。
聽其音、錚錚然有京聲。問其人、本長安倡女、嘗學琵琶於穆・曹二善才、
年長色衰、委身爲賈人婦。遂命酒、快彈數曲。
曲罷、憫默、自敍少小時歡樂事、今漂淪憔悴、轉徙於江湖間。
予出官二年、恬然自安、感斯人言、是夕始覺有遷謫意。因爲長句,歌以贈之。
凡六百一十二言、命曰琵琶行。
元和十年、予、九江郡の司馬に左遷さる。明年秋、客を浦口に送る。
舟中に夜琵琶を彈く者を聞く。其の音を聽くに、錚錚然として京都の聲有り。
其の人に問へば、本、長安の倡女にて、嘗て琵琶を穆曹の二善才に學ぶ。
年長け色衰へ、身を委ねて賈人の婦と爲る、と。遂に酒を命じ、快く數曲を彈かしむ。
曲罷り、憫默として、自ら敍ぶ、少小時の歡樂の事、今漂淪憔悴し、江湖の間を轉徙するを。
予官を出づること二年、恬然として自ら安んぜしも、斯の人の言に感じ、
是の夕べ始めて遷謫の意有るを覺ゆ。因りて長句を爲し、歌ひて以て之に贈る。
凡そ六百一十二言、命づけて『琵琶行』と曰ふ。
潯陽江頭夜送客、 楓葉荻花秋瑟瑟。 主人下馬客在船、 舉酒欲飲無管絃。
醉不成歡慘將別、 別時茫茫江浸月。 忽聞水上琵琶聲、 主人忘歸客不發。
尋聲暗問彈者誰、 琵琶聲停欲語遲。 移船相近邀相見、 添酒回燈重開宴。
千呼萬喚始出來、 猶抱琵琶半遮面。
潯陽の江頭に、夜、客を送る。 楓葉荻花、秋瑟瑟たり。
主人は馬より下り、客は船に在り。 酒を舉げて飮まんと欲するに管絃無し。
醉ふに歡を成さず慘として將に別れんとす。 別るる時茫茫と江は月を浸せり。
忽ち聞く水上、琵琶の聲。 主人は歸るを忘れ、客は發せず。
聲を尋ねて闇に問ふ、彈く者は誰ぞと。 琵琶の聲停みて、語らんと欲するに遲し。
船を移し相ひ近づき邀へて相ひ見ん。 酒を添へ燈を迴らし重ねて宴を開かん。
千呼萬喚して始めて出で來たり。 猶ほ琵琶を抱きて半ば面を遮るがごとし。
轉軸撥絃三兩聲、 未成曲調先有情。 絃絃掩抑聲聲思、 似訴平生不得志。
低眉信手續續彈、 說盡心中無限事。 輕攏慢撚抹復挑、 初為霓裳後六幺。
大絃嘈嘈如急雨、 小絃切切如私語。 嘈嘈切切錯雜彈、 大珠小珠落玉盤。
關鶯語花底滑、 幽咽泉流氷下灘。 氷泉冷澀絃凝絕、 凝絕不通聲漸歇。
別有幽愁闇恨生、 此時無聲勝有聲。 銀瓶乍破水漿迸、 鐵騎突出刀鎗鳴。
曲終收撥當心畫、 四絃一聲如裂帛。 東船西舫悄無言、 唯見江心秋月白。
軸を轉じ、絃を撥ひて三兩聲、 未だ曲調を成さざるに、先づ情有り。
絃絃掩抑して、聲聲の思ひ、 平生志を得ざるを訴ふるに似たり。
眉を低れ手に信せて、續續と彈じ、 説き盡くす、心中無限の事。
輕く攏め慢く撚り、抹み復た挑ぬ。 初めは霓裳を爲し、後は六幺。
大絃は嘈嘈として急雨の如く、 小絃は切切として私語の如し。
嘈嘈と切切と、錯雜して彈じ、 大珠小珠玉盤に落つ。
間關たる鶯語花底に滑かに、 幽咽せる泉流、氷下を灘る。
氷泉冷澀して絃凝絶し、 凝絶通ぜず、聲漸く歇む。
別に幽愁闇恨の生ずる有り。 此の時、聲無きは聲有るに勝る。
銀瓶乍ち破れ、水漿の迸り、 鐵騎の突出して刀槍の鳴る。
曲終らんとして撥を收め、當心を畫けば、 四絃一聲、裂帛の如し。
東船西舫、悄として言無く、 唯だ見る、江心に秋月の白きを。
沈吟放撥插絃中、 整頓衣裳起斂容。 自言本是京城女、 家在蝦蟆陵下住。
十三學得琵琶成、 名屬教坊第一部。 曲罷曾教善才服、 妝成每被秋娘妒。
五陵年少爭纏頭、 一曲紅綃不知數。 鈿頭銀篦擊節碎、 血色羅裙翻酒汙。
今年歡笑復明年、 秋月春風等度。 弟走從軍阿姨死、 暮去朝來顏色故。
門前冷落車馬稀、 老大嫁作商人婦。 商人重利輕別離、 前月浮梁買茶去。
去來江口守空船、 繞船明月江水寒。 夜深忽夢少年事、 夢啼妝淚紅闌干。
沈吟し撥を放ちて、絃中に插み、 衣裳を整頓し、起ちて容を斂む。
自ら言ふ、本是れ、京城の女。 家は蝦蟆陵下に在りて住む。
十三、琵琶を學び得て成り、 名は教坊の第一部に屬す。
曲罷みては曾て善才をして伏さしめ、 妝成りては毎に秋娘に妬まる。
五陵の少年、爭ひて纏頭し、 一曲の紅綃、數知れず。
鈿頭の雲篦、節を撃ちて碎け、 血色の羅裙は酒を翻して汚る。
今年の歡笑、復た明年、 秋月春風、等に度ぐ。
弟は走りて軍に從ひ、阿姨は死し、 暮去り朝來りて、顏色故るびぬ。
門前冷落して、車馬稀に、 老大にして、嫁し商人の婦と作る。
商人は利を重んじ、別離を輕んず、 前月、浮梁に、茶を買ひに去る。
去來、江口に、空船を守り、 船を遶る明月、江水寒し。
夜深くして忽ち夢む、少年の事、 夢に啼けば、妝涙、紅に闌干たり。
我聞琵琶已嘆息、 又聞此語重唧唧。 同是天涯淪落人、 相逢何必曾相識。
我從去年辭帝京、 謫居臥病潯陽城。 潯陽地僻無音樂、 終歲不聞絲竹聲。
住近湓城地低濕、 黃蘆苦竹繞宅生。 其間旦暮聞何物、 杜鵑啼血猿哀鳴。
春江花朝秋月夜、 往往取酒還獨傾。 豈無山歌與村笛、 嘔啞嘲哳難為聽。
今夜聞君琵琶語、 如聽仙樂耳暫明。 莫辭更坐彈一曲、 為君翻作琵琶行。
感我此言良久立、 卻坐促絃絃轉急。 淒淒不似向前聲、 滿座重聞皆掩泣。
座中泣下誰最多、 江州司馬青衫濕。
我琵琶を聞き、已に歎息す、 又、此の語を聞き、重ねて喞喞たり。
同じく是れ、天涯淪落の人、 相ひ逢ふは何ぞ必ずしも、曾ての相識のみならんや。
我れ、去年、帝京を辭して從り、 謫居して病に臥す、潯陽城。
潯陽は地僻にして音樂無く、 終歳聞かず、絲竹の聲を。
住まひは湓城に近く、地は低濕、 黄蘆苦竹、宅を繞りて生ず。
其の間、旦暮に何物をか聞く、 杜鵑は啼血し、猿は哀鳴す。
春江、花朝 秋月の夜、 往往、酒を取りて、還た獨り傾く。
豈に山歌と村笛の無からんや。 嘔啞嘲哳、聽くに爲し難し。
今夜、君の琵琶の語を聞きて、 仙樂を聽くが如く、耳暫く明らかなり。
辭すること莫かれ、更に坐して一曲を彈ずるを。 君が爲に翻して琵琶行を作らん。
我が此の言に感じて、良々、久しくして立ち、 卻き坐して絃を促めれば、絃轉た急。
淒淒として向前の聲に似ず、 滿座重ねて聞くに、皆泣を掩ふ。
座中泣下ること、誰か最も多き、 江州の司馬、青衫濕ふ。
○白居易の「琵琶行」は、
・序:132字
・行:88句・616字
の合計748字もの大作である。久し振りに読み、白居易のロマンティズムに感心する他無い。「長恨歌」と言い、「琵琶行」と言い、白居易のロマンティズムは尋常では無い。
○白居易は、興奮の余り、「琵琶行序」で、
・凡六百一十二言、命曰琵琶行。 凡そ六百一十二言、命づけて『琵琶行』と曰ふ。
と言うけれども、実際、『琵琶行』の字数は616字である。88行×7字=616字。こんな簡単な掛け算を白居易が間違えるとも思えない。
○実は、白居易自身が、「琵琶行」の中で、そのことを正直に白状している。
座中泣下誰最多、 座中泣下ること、誰か最も多き、
江州司馬青衫濕。 江州の司馬、青衫濕ふ。
○「琵琶行」で、もっとも興奮しているのは、作者白居易自身に他ならない。元和十一年丙申(816年)、白居易が四十五歳の秋、九江市甘棠湖の煙水亭あたりに存在し、「琵琶行」を創ったと言う。その煙水亭を、白居易から1197年後の2013年6月14日早朝に、訪れた。
○九江市甘棠湖の煙水亭に立って、私が感じたのは、
匡廬便是逃名地 匡廬は便ち是れ、名を逃るるの地、
司馬仍爲送老官 司馬は仍ほ老いを送るの官爲り。
心泰身寧是歸處 心泰く身寧きは、是れ歸する處、
故郷何獨在長安 故は何ぞ獨り長安にのみ在らんや。
のような達観ではない。案外、「琵琶行」に記録されている、江州司馬白居易の憤懣やる方ない思いこそが白居易の本心ではないか。結構、白居易は女々しい。