○ここのところ、『白尾國柱「麑藩名勝考」』『白尾國柱と狗奴国』『白尾國柱と邪馬台国』『白尾國柱と舎衞城』と、白尾國柱の話を続けているが、今回の『薩摩者幸島也』も、実は白尾國柱の話となる。
○白尾國柱の「麑藩名勝考」は、次のように始まっている。
薩摩國
薩摩者幸島也。取諸天孫紀所謂山幸・海幸之義。萬葉集有薩男・薩人・薩弓・薩矢等之称。
皆就兵或猟而言。此乃出自山幸・海幸之證矣。冠辞考曰、薩男・佐豆人なども左知男・左知人と言ふ
べきを、知と豆と音通へば、後に左通男・左都人と言ふ。摩者島之略、往昔は日向より薩摩かけての
地を島門と言ひしも、幸島之門の省ける歟と思はる。島とは、此の方にては、周廻に界限のありて、
一區なる域を言ふ名なり。本は必ず海のみならず、國中にて山川などの環れる地にも言へり、と國號
考に見えたり。
○判るように、『薩摩者幸島也』と言うのは、白尾國柱の「麑藩名勝考」の冒頭文なのである。申し分の無い、名文である。このことについては前に、次のように書いている。
・「薩摩者幸島也」と言う名言は、白尾國柱の「麑藩名勝考」の中でも、第一の名言ではないか。一刀
両断、「薩摩は幸島である」と言う表現は簡単明瞭ではあるけれども、その意味するところは広大で
ある。
・更に國柱はその論拠として、天孫紀・萬葉集・冠辞考・國號考を挙げて説明する。その説明はもっと
もであり、非常に分かり易い。蛇足ながら、天孫紀は日本書紀の一節、萬葉集は現存する日本最古の
和歌集、冠辞考は賀茂真淵著の枕詞に関する書、國號考は本居宣長著の日本国の国名に関する書であ
る。
・書庫「鹿児島を彩る人々」:ブログ『白尾國柱と薩摩國』
https://blogs.yahoo.co.jp/yan1123jp/28903238.html
○白尾國柱が言うように、「薩摩は幸島である」と言うしかない。そのことについて、上記のブログには次のように書いた。それは今でも変わらない。
・白尾國柱の「薩摩者幸島也」と言う名言は、正しい。ただ、それは従前の国学からすれば、相当離
れた場所に存在する。神仏習合の神であり、佛であった。生真面目な白尾國柱には到底受け容れら
れない世界に存在したのである。日本書紀の記すところに拠れば、その国は舎衞国と言う。
・大体、「薩摩」と言う表記自体がそのことを象徴している。「薩摩」はどう考えても、『諸菩薩摩
訶薩』の義であろう。意味は『もろもろの真にさとりを求める人々』の意である。当時、舎衞国の
人々はまさに諸菩薩摩訶薩の人々であったに違いない。諸菩薩摩訶薩の国とは、また立派な名前で
ある。日本国中探しても、これほど立派な志を掲げた国名は存在しないのではないか。
○前回案内したように、吐火羅國は吐噶喇列島であり、舎衞城は硫黄島だとするしかない。それだけの歴史と文化が硫黄島には存在する。間違いなく幸島は硫黄島だと言えよう。そういう文化を保持しているのが硫黄島である。
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