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卑弥呼の正体:其の八十二

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○私見に拠れば、「万葉集」には香具山が十四回、畝傍山が六回、耳成山が三回記録している。その「万葉集」が記録する大和三山について、万葉学者先生は奈良県橿原市に存在する大和三山で何とか説明しようと悪戦苦闘なさっている。それはまさに、涙ぐましいまでの奮闘努力だと言うしかない。

○しかし、よくよく考えると、そういう努力は、まさに徒労と言うしかない。奈良県橿原市に存在する大和三山は真実の大和三山では無いのだから。大和三山の和歌と言えば、「万葉集」巻一が載せる天智天皇の『大和三山の歌』が有名である。
   中大兄の三山の歌一首            中大兄三山歌一首

   香具山は  畝傍雄々しと        高山波 雲根火雄男志等
   耳成と   相争ひき          耳梨与 相諍競伎
   神代より  かくにあるらし       神代従  如此尓有良之
   いにしへも しかにあれこそ       古昔母 然尓有許曾
   うつせみも つまを 争ふらしき     虚蝉毛 嬬乎 相挌良思吉
                     (「万葉集」巻一   一三)

○畝傍山・香具山・耳成山の大和三山が相諍した話である。実は、万葉学者の間では、現在に於いても、この大和三山の男女がどういうものであるか、決着を見ていない。主な学者の説を案内すると、
  仙覚・契沖・賀茂真淵    男山:畝傍山・耳成山   女山:香具山
  木下幸文・大神眞潮     男山:香具山・耳成山   女山:畝傍山
  山田孝雄(昭和三年)    男山:香具山・耳成山   女山:畝傍山
  武田祐吉(昭和五年)    男山:香具山・耳成山   女山:畝傍山
  鴻巣盛廣(昭和十年)    男山:香具山・耳成山   女山:畝傍山
  沢瀉久孝(昭和三十二年)  男山:畝傍山・耳成山   女山:香具山
  土屋文明(昭和五十一年)  男山:香具山・耳成山・畝傍山
  伊藤 博(平成七年)    男山:香具山・耳成山   女山:畝傍山
となっている。最も新しい 伊藤博の説は「男山:香具山・耳成山 女山:畝傍山」となっている。これらの学者が奈良県の大和三山を実見したかも疑わしい。まして、大和三山が鹿児島県に実在したことなど、思いもよらなかったに違いない。

○畝傍山・香具山・耳成山のどれが男でどれが女であっても良い。それは完全な例え話に過ぎない。それをこのように畝傍山が男だとか女だとか言われても、困ってしまう。この大和三山相諍歌は、そんなことが問題ではあるまい。

○これらの方々のうち、何人が実際に大和三山へ出掛け、実際登ったのであろうか。甚だ疑問と言うしかない。実際の奈良県橿原市の大和三山へ訪れてみると、古代人の思いが良く伝わって来る。しかし、それは、あくまで、真実の大和三山を此処に勧請した人々の思いであって、それが「万葉集」に記録されたと思って良い。

○万葉学を齧った方ならお判りのはずだが、上記の先生方は万葉学のオーソリティそのものである。それが少なくとも大和三山については、まるでいただけない。それは大和三山をご存じ無いからだと言うしかない。

○たとえ、奈良県橿原市の大和三山を訪れていたとしても、それだけではまるで不十分である。「万葉集」の大和三山和歌が奈良県橿原市の大和三山のものではないことは、「万葉集」を読めば、万人に理解されることである。それがまるで理解されていない。

○「万葉集」を金科玉条としてはならない。「万葉集」はあくまで作品の一つなのである。十分な本文検証を行わない限り、「万葉集」の本質は見えて来ない。

○この話は、前に書いている。そちらを参照すると、更によく判る。ここでは、観点を変えて取り組んでいる。
  ・書庫「大和三山」:ブログ『大和三山の歌』
  https://blogs.yahoo.co.jp/yan1123jp/35102323.html

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