○高適の詩を、『同諸公登慈恩寺浮圖』詩から、『田家春望』詩、『詠史』詩、『銅雀妓』詩、『宋中』詩、『夜別韋司士』詩、『送李少府貶峡中王少府貶長沙』詩、『醉後贈帳九旭』詩と続けている。今回は、高適の『人日寄杜二拾遺』詩である。
【原文】
人日寄杜二拾遺
高適
人日題詩寄草堂
遙憐故人思故
柳條弄色不忍見
梅花滿枝空斷腸
身在南蕃無所預
心懷百憂復千慮
今年人日空相憶
明年人日知何處
一臥東山三十春
豈知書劍老風塵
龍鐘還忝二千石
愧爾東西南北人
【書き下し文】
人日、杜二拾遺に寄す
高適
人日、詩を題して、草堂に寄す。
遙かに憐れむ、故人の故を思ふを。
柳條は、色を弄して、見るに忍びず。
梅花は、枝に滿ちて、空しく斷腸す。
身は南蕃に在りて、預る所無く、
心に懷く、百憂、復た千慮なり。
今年の人日、空しく相ひ憶ひ、
明年の人日、何れの處なるかを知らん。
一臥東山、三十の春、
豈に知らんや、書劍、風塵に老いんとは。
龍鐘、還た忝なうす、二千石、
愧づ、爾、 東西南北の人に。
【我が儘勝手な口語訳】
人日の日に、杜甫に贈る詩
高適
今日、上元三年(761年)の人日の日に、詩を作り、杜甫草堂のあなたへ贈る。
この成都で、遙か遠くの都長安を懐かしんでいるかと思うと、気の毒でならない。
春になって、柳の枝に新芽が芽生え始めているのを見るのも忍びないし、
梅の花も、枝一杯に咲き乱れ、春の訪れを祝福しているのも耐え難い。
あなたは、南の蛮国にあって、頼りとするところも無く、
多くの心配や悩みが出現し、考え悩むことばかりであるに違いない。
今年の人日の節句日に、偶々、空しくそれぞれを思い起こしているけれども、
来年の人日の節句日を、二人が何処で、どのように過ごしているか判らない。
三十歳過ぎまで、私は故郷にあって悠々自適の生活を過ごして来たと言うのに、
このように、学問と武芸に於いて、俗世間の中で老いて行くとは思いもしなかった。
私はあなたより遙かに年寄りなのに、今でも郡守の地位であると言うのが、
放浪する身の上であるあなたに対して、何とも心恥ずかしくてならない。
【原文】
人日寄杜二拾遺
高適
人日題詩寄草堂
遙憐故人思故
柳條弄色不忍見
梅花滿枝空斷腸
身在南蕃無所預
心懷百憂復千慮
今年人日空相憶
明年人日知何處
一臥東山三十春
豈知書劍老風塵
龍鐘還忝二千石
愧爾東西南北人
【書き下し文】
人日、杜二拾遺に寄す
高適
人日、詩を題して、草堂に寄す。
遙かに憐れむ、故人の故を思ふを。
柳條は、色を弄して、見るに忍びず。
梅花は、枝に滿ちて、空しく斷腸す。
身は南蕃に在りて、預る所無く、
心に懷く、百憂、復た千慮なり。
今年の人日、空しく相ひ憶ひ、
明年の人日、何れの處なるかを知らん。
一臥東山、三十の春、
豈に知らんや、書劍、風塵に老いんとは。
龍鐘、還た忝なうす、二千石、
愧づ、爾、 東西南北の人に。
【我が儘勝手な口語訳】
人日の日に、杜甫に贈る詩
高適
今日、上元三年(761年)の人日の日に、詩を作り、杜甫草堂のあなたへ贈る。
この成都で、遙か遠くの都長安を懐かしんでいるかと思うと、気の毒でならない。
春になって、柳の枝に新芽が芽生え始めているのを見るのも忍びないし、
梅の花も、枝一杯に咲き乱れ、春の訪れを祝福しているのも耐え難い。
あなたは、南の蛮国にあって、頼りとするところも無く、
多くの心配や悩みが出現し、考え悩むことばかりであるに違いない。
今年の人日の節句日に、偶々、空しくそれぞれを思い起こしているけれども、
来年の人日の節句日を、二人が何処で、どのように過ごしているか判らない。
三十歳過ぎまで、私は故郷にあって悠々自適の生活を過ごして来たと言うのに、
このように、学問と武芸に於いて、俗世間の中で老いて行くとは思いもしなかった。
私はあなたより遙かに年寄りなのに、今でも郡守の地位であると言うのが、
放浪する身の上であるあなたに対して、何とも心恥ずかしくてならない。