○これまで、2013年12月12日、宮崎日々新聞に載った「中西進名誉教授(京都市立芸術大)に聞く」記事に関連して、日向神話について考えてきた。具体的には、
・神話に於ける寓意
・天孫降臨神話
・海幸山幸神話
・神代三山陵の問題
である。もう一つ、日向神話には神武東征の問題が残っている。それで、およそ、日向神話の根幹に拘わる問題は全て検証したことになるのではないか。
○次回に、神武東征の問題は扱うこととして、今回は、神話の寓話性について、もう少し、具体的に、より深く考えてみたい。参考までに、ここでは日向神話のメインテーマである天孫降臨神話を扱って案内したい。
○戦前の神話崇拝とでも言うべき風潮の反省のもと、戦後になると一転して、神話は荒唐無稽な話として糾弾され、一切顧みられることがなくなった。その後、更にその反省として、現代に於いて、神話は少しずつ次第に復権しつつあるけれども、今度は、殊更に奇妙で珍妙な意味付けがなされた論が目に付いて仕方が無い。
○神話にあるのは、そういう現代人の為のものではなくて、もともと、古代人の生活とか行動、思考、宗教などの寓意にあるのではないか。神話に、そういうことを読み取ることが神話を現代に甦らせる唯一の方法であるような気がしてならない。
○そのためには、自由、我が儘勝手な想像を出来るだけ止めて、ひたすら古代に帰ることしかない。古代の神話の風景を辿り、古代人が歩いた道を出来るだけ歩き、古代人が航行した海路を出来るだけ航行すること。そうすれば、古代人が見ていたものが、少しは現代人にも見えて来るのではないか。
○そういう意味で、霧島山高千穂峰に登ったことの無い方に、多分、天孫降臨の地をイメージすることは出来ない。「古事記」が記録する、
此地は韓国に向かひ、笠沙の御前を真來通りて、
朝日の直刺す国、夕日の日照る国なり。
が意味するものが、どういう内容であるかを理解することは不可能だろう。
○この文の『韓国』は、決して韓国(かんこく)と読み、朝鮮半島を意味するものではない。『韓国』は韓国(からくに)と読み、中国本土を意味するものであることが、霧島山高千穂峰山頂で朝日や夕日を見れば一目瞭然に理解される。つまり、中国本土から『笠沙の御前を真來通りて』来れば、この地に達することを意味する。その風景が霧島山高千穂峰山頂で見ることが出来る。
○もっとも、そのことを理解するには、相当の知識が必要であることは言うまでもない。霧島山高千穂峰山頂から望めるのは、せいぜい、開聞岳や金峰山、野間岳くらいまでである。しかし、古代人はそこが中国本土への出港地である坊津や硫黄島あたりであることを思いやって、『此地は韓国に向かひ、笠沙の御前を真來通りて』と表現しているのである。ちなみに、坊津や硫黄島から中国本土までの全ルートを案内すると、次のようになる。
・坊津→硫黄島(56辧
・硫黄島→口永良部島(36辧
・口永良部島→トカラ列島口之島(59辧
・トカラ列島口之島→トカラ列島中之島→(14辧
・トカラ列島中之島→トカラ列島諏訪之瀬島(28辧
・トカラ列島諏訪之瀬島→トカラ列島悪石島(24辧
・トカラ列島悪石島→トカラ列島宝島(50辧
・トカラ列島宝島→舟山群島(600辧
・舟山群島→寧波(150辧
・寧波→会稽(紹興)(94辧
○このルートのうち、一般には容易に行けない「トカラ列島宝島→舟山群島(600辧法廾奮阿料乾襦璽箸鮗尊櫃妨聞するくらいの労力と時間を要しない限り、私のような凡人には、霧島山高千穂峰山頂からの風景を理解することは出来ない。
○すでに、本ブログに案内していることだが、これまで硫黄島には6回訪問している。
。横娃娃糠5月30日(土)
■横娃娃糠6月11日(木)
2010年10月30日(土)・31日(日)
ぃ横娃隠映3月13日(日)から18日(金)
ィ横娃隠映11月25日(金)から29日(火)
Γ横娃隠嫁8月22日(水)
吐噶喇列島訪問も3回を数える。
。横娃娃糠7月3日(金)から6日(月)
■横娃隠嫁5月22日(火)から25日(金)
2012年12月10日(月)から12日(水)
中国舟山群島と寧波訪問も5回である。
。横娃隠嫁3月10日から17日
■横娃隠嫁7月16日から23日
2012年11月5日から12日
ぃ横娃隠廓3月16日から23日
ィ横娃隠廓10月12日から19日
中国会稽(現在の紹興市)にも3回出掛けている。
。横娃隠映10月16日
■横娃隠嫁11月7日
2013年3月19日
○これ以外に、高千穂峰や韓国岳、開聞岳には何度も登っている。そういう経験をして、古事記や日本書紀が記す天孫降臨の記事を読むと、手に取るように、その記録の意味することが見えて来る。神話を楽しむと言うのは、そういう作業なのではないか。
○学者先生は、賢いから、机に座っていても、いろんなことが見えて来るのであろう。しかし私のような凡人は、なかなかそうは行かない。仕方がないから、こうやって丹念に調べ、実際赴くしかない。
○前にも案内しているが、天孫降臨の地について、古事記と日本書紀が記録しているのは、以下のようになる。
「古事記」 竺紫日向之高千穂之久士布流多気(つくしのひむかのたかちほのくじふるたけ)
「日本書紀」本文 日向襲之高千穂峯(ひむかのそのたかちほのたけ)
槵日二上天浮橋(くしひのふたがみのあまのうきはし)
一書 |淹臚眄虔槵觸之峯(つくしのひむかのたかちほのくじふるのたけ)
一書◆‘槵日高千穂之峯(ひむかのくしひのたかちほのたけ)
一書 日向襲之高千穂槵日二上峯天浮橋(ひむかのそのたかちほのくしひのふたがみの
たけのあまのうきはし)
一書ぁ‘映傾眄虔翕沙格覆劼爐のそのたかちほのそほりのやまのたけ)
これが全記録である。この記録を丹念に調べると判るのだが、天孫降臨の地は、霧島山高千穂峰以外にあり得ないのである。学者先生は、ご存じ無いから勝手なことをおっしゃる。はっきりしていることは、霧島山を縦走しない限り、上記の風景を実見することは出来ない。見たことも無いことを平気で正しいと言う勇気は、私には無い。
○天孫降臨の地が何処か。知りたかったら、霧島山を訪れることをお勧めしたい。まさに「百聞不如一見」の風景が実見できる。それなのに、そういう努力を惜しんではならない。神話は楽しい。私達に多くの真実を教えてくれるのだから。