○2014年6月21日は、朝早くホテルを出て、南京34路の公交バスに乗って中山码头まで行った。目的は長江を宁浦线轮渡で渡航することにあった。
○中山码头から宁浦线轮渡で浦口码头まで渡ったが、対岸に見るものも無かったので、そのまま引き返し、南京鼓楼を見物した後、いよいよ本日の目的地である揚州へ向かうこととする。揚州行きの高速バスが出ているのは、南京站近くの南京長途汽車東站であるから、鼓楼でタクシーを拾って、南京長途汽車東站を目指した。
○鼓楼から南京長途汽車東站へ行くには、玄武湖を右回りか、左回りに半周しなくてはならない。どちらを回っても同じ程度の距離数である。タクシーの運転手さんが選んだのは、左回りの玄武門から南京站を通るコースであった。
○結構、時間があったので、いつもの通り、助手席に乗り、運転手さんと筆談する。最近、車が多くなり、渋滞が激しいそうで、売り上げにも影響が大きいとのこと。車を買うなら、日本車が性能が良いので、一番だとおっしゃる。
○私が、南京では日本人の評判は大変悪い。日本車なんかに乗っていたら、大変ではないかと聞くと、そんなことは無い。良い車には誰でも乗りたい。ただ、日本車は高いのが難点だ、だから、日本車に乗っているのは、皆金持ちばかりだとおっしゃる。
○ここは南京だから、日本の評判は中国でも最悪なところである。タクシーに乗車拒否されても仕方が無いと思っていた。昨年10月に南京を訪れた際にも感じたことだが、意外に、南京の人々は日本人に親切であった。
○南京市街を走っている車も、日本車が結構多かった。南京站あたりで、少しだけ渋滞したが、後は順調に走り、鼓楼から南京長途汽車東站までは20分ほどを要した。運転手さんが「気をつけて」と揚州へ行く私を気遣ってくれた。
○今回訪れた長沙や武漢、南京は、何処も大戦で日本から大きな被害を被ったところである。そのことは出掛ける前に確認していた。だから、十分気をつけて出掛けた。加害者より被害者感情は大きい。そういうことを忘れないことだけは留意していた。
○しかし、長沙でも武漢でも南京でも、皆、日本人の私に親切であることが予想外であった。昨年10月にも、同じようなコースを辿ったが、中国語が満足に話せない私を、誰もが親切に道案内してくれた。お陰で、何処でも思っていた通りの旅行をすることが出来た。
○南京長途汽車東站は、懐かしい場所である。昨年10月にも、ここから揚州へ向かった記憶がある。10時35分の高速バスの切符を購入することが出来た。
○南京から揚州までは、およそ100劼如⇒廚垢觧屬蓮¬鵤瓜嵌召任△襦バスに乗ったら、超満員であった。私の席は13座だから前から4列目の窓側席であった。隣には若者が座り、盛んにパソコンを操作していた。バスは定刻に発車した。