○瘦西湖を出たのは午後5時前であった。これから个園脇にあるホテルまで帰らなくてはならない。公交バスもあるのだが、乗り換えがあったりするので、面倒である。それに、相当疲れていた。それで、タクシーを拾って帰ろうと思い、平山堂東路でタクシーが来るのを待っていた。
○しばらくすると、三輪タクシーがやって来て、「これに乗れ」としつこく誘われた。普通、何処まで行くから、幾らだと交渉するのが当たり前なのだが、三輪タクシーの小父さんは、「帰り道だから10元で良い」と言う。なかなかタクシーが来ないので、安いし、まあ良いかと思い、小父さんの三輪タクシーに乗って帰ることとした。
○少し行くと、三叉路で、左は平山堂東路、右は長春路となる。个園へ帰るのだから、当然、三輪タクシーは長春路を疾走する。夕方の涼しい風が心地よかった。颯爽と三輪タクシーは快走し続ける。
○宋夹城考古遗址公园を過ぎたところ辺りで、三輪タクシーの小父さんは、突然Uターンして引き返し始めたではないか。「どうしたんだ。道が違うじゃないか。」と言うけれども、小父さんはかなり焦っているふうで、私の言うことも聞こえないようだった。何か事件が起こったのだと理解した。
○後から来た三輪タクシーにも小父さんは大声で何かを伝えている。すると、その三輪タクシーも、見事にUターンして引き返すではないか。三輪タクシーの小父さんに、何か大変な出来事が起こったことだけは間違いない。
○三叉路まで引き返し、三輪タクシーは右の平山堂東路へと入って行った。三輪タクシーの小父さんは懸命に飛ばす。この辺りの平山堂東路は車が少なく、閑散としていた。
○しばらく疾走し続けていたら、後ろから「ウーウー」と言うサイレンの音が聞こえて来て、「そこの三輪タクシー、停まりなさい」とマイクで呼んでいるようだった。もちろん、中国語だから、推測である。
○三輪タクシーの小父さんは、諦めて道路脇に停車した。後ろから来たのは白い覆面パトカーであった。三輪タクシーの前を塞ぐように停車し、パトカーから私服の警察官が降りて来て、「免許証と許可証」と言っているらしい。小父さんはしぶしぶ何かを出している。二言三言小父さんと警察官の間に遣り取りがあった。
○私が見た様子では、小父さんは範囲外で客を乗せたことで咎められているようであった。それで小父さんは私に頼まれて仕方なく乗せたと言い張っているようだった。私は自分から頼んだわけでも無いけれども、小父さんが困るのも可哀想なので、それで良いと思っていたが、警察官はそんなことは問題にしていないようである。
○周囲には、それまで誰も居なかったのに、何時の間にか、一人二人と見物客が現れ、頻りに三輪タクシーの小父さんに何か声を掛けている。おそらく、「何を言っても無駄だ、諦めろ」と言うふうであった。私は何もすることもないので、車から降りて、小父さんと警察官とのやりとりを聞いていた。
○私も、日本語で「大変だが、仕方がない。諦めるしかない」と声を掛けた。小父さんはグッタリして肩を落としている。警察官に、「私はこのままこの車に乗って行って良いか」と尋ねた。あまりに気の毒なので、せめて、乗せていただいた御礼くらいしたい。
○しかし、警察官は「貴方は、もうこの車には乗れない。近くのバス停まで送って行くので、そこからバスで行け」と言う。
○結局、三輪タクシーの小父さんとは、そこで別れた。「有り難う、乗せてくれて。残念だったが、感謝している」と肩を叩くと、小父さんは力の無い笑顔を見せて、走り去って行った。
○パトカーに乗って、近くのバス停まで送っていただいた。パトカーには警察官3人が乗っていて、二人が取り締まり担当で、一人は運転専門のようだった。年配の警察官が片言英語で話し掛けてくれた。私も片言英語で答えた。「貴方には迷惑を掛けたが、これが仕事なのだ」とおっしゃる。もちろん、私もそのことは判っている。ただ、その時、私には三輪タクシーの小父さんへの同情の方が大きかった。
○瘦西湖路の扬州迎宾馆前バス停までパトカーで送って貰い、そこからタクシーでホテルへ帰った。三輪タクシー事件は、そのようにして終わった。