○立春の詩を案内し続けているが、今回案内するのは、蘇軾の『次韻秦少游王仲至元日立春三首(其の一)』詩である。
【原文】
次韻秦少游王仲至元日立春三首(其の一)
蘇軾
省事天公厭兩回
新年春日並相催
殷勤更下山陰雪
要與梅花作伴來
【書き下し文】
秦少游王仲至の次韻、元日立春三首(其の一)
蘇軾
天公は兩回するを厭ひて省事し、
新年と春日の、並びて相催す。
殷勤に更に下る、山陰の雪、
要するに與かる、梅花の伴ひ來るを作すに。
【我が儘勝手な私訳】
秦觀の「次韻王仲至侍郎」詩に和して、元日立春詩三首を作る(其の一)
蘇軾
天帝は、新年と立春とが、別々に訪れるのを嫌って、
今年は、新年と立春とを同日にすることにした。
ゆっくりと山陰の雪の道を下って行くと、
梅の花がたくさん咲いている風景を見ることができる。
○蘇軾の『次韻秦少游王仲至元日立春三首(其の一)』詩は、幾つかの条件のもとに作られた詩である。まずその第一は、この詩が三首の連作であることである。したがって、この詩は単独で見るのではなくて、三首併せて考えるものと考えるべきであろう。
○その二も、詩題にある。『次韻秦少游王仲至元日立春三首』とあるのだから、「秦少游王仲至」に関連する詩が存在すると考えるのが普通だろう。そういうふうに考えると、秦觀に『次韻王仲至侍郎』詩が存在する。秦觀の字が少游である。
○ちなみに、秦觀の『次韻王仲至侍郎』詩は、次の通り。
次韻王仲至侍郎
秦觀
螭口清漪下玉欄
隔花時聽鳥關關
酒行寒食清明際
人在蓬壼閬苑間
天近省闈卿月麗
春偏戚裡將星
忽思歸去焚香坐
靜取楞嚴看入還
○このように、この詩を本当に理解するには、相当の時間を要する。当然、『次韻秦少游王仲至元日立春三首(其の一)』だけではなく、次韻秦少游王仲至元日立春三首(其の二)』、『次韻秦少游王仲至元日立春三首(其の三)』まで考えなくてはならない。