○蘇軾の『次韻秦少游王仲至元日立春三首』詩について、三回に分けて、長々と案内してきた。
・書庫「無題」:ブログ『蘇軾:次韻秦少游王仲至元日立春三首(其の一)』
https://blogs.yahoo.co.jp/yan1123jp/41332295.html
・書庫「無題」:ブログ『蘇軾:次韻秦少游王仲至元日立春三首(其の二)』
https://blogs.yahoo.co.jp/yan1123jp/41333126.html
・書庫「無題」:ブログ『蘇軾:次韻秦少游王仲至元日立春三首(其の三)』
https://blogs.yahoo.co.jp/yan1123jp/41334372.html
○これらの詩が、蘇軾と秦観と王欽臣との友情に基づくものではことは間違いない。すでに、そういう話は済ませているが、秦觀に『次韻王仲至侍郎』詩と言う佳詩があって、それを抜きに、蘇軾の『次韻秦少游王仲至元日立春三首』詩を語ることはできない。そう判断するので、ここで秦觀の『次韻王仲至侍郎』詩を紹介しておきたい。
【原文】
次韻王仲至侍郎
秦觀
螭口清漪下玉欄
隔花時聽鳥關關
酒行寒食清明際
人在蓬壼閬苑間
天近省闈卿月麗
春偏戚裡將星
忽思歸去焚香坐
靜取楞嚴看入還
【書き下し文】
王仲至侍郎に次韻す
秦觀
螭口は清漪なり、玉欄の下、
花を隔てて時を聽けば、鳥は關關たり。
寒食、清明の際に酒行すれば、
人は蓬壼、閬苑の間に在り。
天は省闈に近く、卿月は麗かなり、
春は偏へに戚裡、將に星ならんとす。
忽ち思ふ、焚香の坐に歸去せんことを、
靜かに楞嚴を取つて、還に看入る。
【我が儘勝手な私訳】
王仲至侍郎に和する詩
秦觀
立派な欄干のもとでは、蛇口から始終、清らかな清水が滴り落ちているし、
咲き誇る春花の向こうからは、しきりに春の鳥が囀っているのが聞こえて来る。
四月三日とか四日とかの、寒食節、清明節の時節に郊外で宴会を催せば、
人は間違いなく、蓬壼とか閬苑の桃仙郷に居ることを実感するに違いない。
天はまるで宮中と同じであって、月が百官が居並ぶように照り輝き、
春はまさしく帝王の外戚が聚居するみたいに、星座がきれいに並んでいる。
美しい春の情景を見ると、すぐさま仏門に帰依しなくてはならないことを考える、
静かに大仏頂如来密因修証了義諸菩薩万行首楞厳経を手に、読み続けることである。
○春爛漫の情景を見たら、そのまま仏門に帰依したまえとおっしゃる秦觀の『次韻王仲至侍郎』詩は、秦観が王欽臣に和して作った詩である。つまり、最初に王欽臣が居て、それに和して、秦觀が『次韻王仲至侍郎』詩を創り、さらに秦觀の『次韻王仲至侍郎』詩に和して、蘇軾が『次韻秦少游王仲至元日立春三首』詩を作ったことになる。
○この話の中心に王欽臣が居ることに留意すべきであろう。蘇軾・秦観・王欽臣の中で、最年長者が王欽臣で、王欽臣は蔵書家として知られる。父は王洙で、目録学家だと言う。つまり、王欽臣の蔵書家は、父親譲りだと言うことになる。
○秦觀は、悟りを得るには、「大仏頂如来密因修証了義諸菩薩万行首楞厳経」を読むに如くは無いとおっしゃる。以前、「大仏頂如来密因修証了義諸菩薩万行首楞厳経」は観世音菩薩を調べる際に、読んだことがある。
・書庫「海天佛国:普陀山」:ブログ『首楞厳経の観世音菩薩』
https://blogs.yahoo.co.jp/yan1123jp/36410014.html
○蘇軾や秦観、王欽臣の内面世界が何とも広大なのに驚く。類は友を呼ぶと言うけれども、まさしくその通りである。何としても、そういう蘇軾や秦観、王欽臣にあやかりたいものである。