○陳子昂の『薊丘覽古贈盧居士藏用七首(並序)』、『登幽州臺歌』詩と見てきているが、陳子昂には連作『感遇詩三十八首』と言う大作があると言う。とても全部を案内できるものではないが、その幾つかを紹介したい。
○今回は、陳子昂『感遇詩三十八首』詩の其卅八を、案内したい。
【原文】
感遇詩三十八首:其卅八
陳子昂
仲尼探元化,幽鴻順陽和。
大運自盈縮,春秋遞來過。
盲飆忽號怒,萬物相紛劘。
溟海皆震盪,孤鳳其如何。
【書き下し文】
感遇詩三十八首:其卅八
陳子昂
仲尼も、元化を探り、
幽鴻は、陽和に順ふ。
大運は、自から盈縮し、
春秋は、遞ひに來過す。
盲飆は、忽ち號怒し、
萬物は、相紛劘す。
溟海は、皆震盪し、
孤鳳は、其れ如何せん。
【我が儘勝手な私訳】
かの孔子さえ、万物の起源や物事の変容を追い求めたし、
霊鳥である鳳凰にしたところで、四季の循環に順っている。
天命にしたところで、自然と拡大したり縮んだりするものだし、
四季だって、順序良く次から次へと移り変わって行く。
狂風は、唐突に吹き荒れるものだし、
一切の存在物は、それぞれが勝手気儘に自己主張して止まない。
大海が、全てのものを振動させて止まない中、
一羽の鳳凰は、どのようにして世界を渡って行くと言うのだろうか。
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○この詩が、陳子昂の連作『感遇詩三十八首』詩の最後の作品である。ある意味、陳子昂の連作『感遇詩三十八首』詩の全てが此処には表出していると言って過言ではあるまい。陳子昂の連作『感遇詩三十八首』詩を、ひたすら読み続けた者だけに与えられる恩恵がこの作品である。もちろん、陳子昂がそれに十二分に応えていることも、間違いない。この作品を読む僥倖に感謝しない者は居ない。そういう作品が陳子昂『感遇詩三十八首』詩の其卅八である。