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李白:夜泊黄山聞殷十四呉吟

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○「山中問答」「贈黄山胡公求白鷴」と李白の詩を続けているが、李白ほど、黄山に似合う詩人は居ない。それは、多分、李白の理想郷が黄山だったからではないか。李白は、生涯、仙境に憬れ続けた。後世、世人は李白を詩仙と称して敬うけれども、李白の本心が詩仙にあるわけではない。彼が心底願っていたのは、本物の仙人となることだった。

○その李白が黄山で詠じた詩に、「夜泊黄山聞殷十四呉吟」がある。

  【原文】
      夜泊黄山聞殷十四吳吟
               李白
    昨夜誰為吳會吟
    風生萬壑振空林
    龍驚不敢水中臥
    猿嘯時聞岩下音
    我宿黄山碧溪月
    聽之卻罷松間琴
    朝來果是滄洲逸
    酤酒醍盤飯霜栗
    半酣更發江海聲
    客愁頓向杯中失

  【書き下し文】
      夜、黄山に泊まり、殷十四の吳吟を聞く
               李白
    昨夜、誰が為す、吳會の吟、
    風の生じ、萬壑、空林を振ふ。
    龍の驚き、敢へて水中に臥さず、
    猿の嘯き、時に岩下の音を聞く。
    我れ、黄山に宿るに、溪月の碧く、
    之を聽くに卻つて罷む、松間の琴。
    朝來、果たして是れ滄洲の逸、
    酒を酤し醍盤、霜栗を飯す。
    半酣にして更に發す、江海の聲、
    客の愁ひは頓りに向かひて、杯中失す。

  【我が儘勝手な私訳】
    昨夜の呉風吟詠は、誰が詠じたものだったのだろうか、
    それは見事なもので、天地が動じて風を生み、黄山萬谷の樹林を動かしたほどだ。
    さぞかし、蛟龍も目を覚まし、水中に安眠することも出来なかったに違いないし、
    黄山岩上に棲む猿だって、驚き騒ぎ、呉風吟詠に耳を澄ましたことだろう。
    私は黄山に宿泊していたが、黄山に明るい月が出ているのが渓谷沿いの宿から見え、
    殷十四が詠じる吳吟を聞いていると、黄山松林の奏でる琴音は聞こえなくなった。
    朝になって、私はそれが黄山隠逸の士の仕業だったと納得した次第である。
    酒を買い、重箱を提げて、野外に出て、宴会を催し、黄山名産の栗を食す。
    半ば酔っぱらったところで、再び殷十四が詠じる江濤海嘯のような吳吟を聞くと、
    私の旅愁は増すばかりで、どんどん酒が進んで、とうとう酒が無くなった。

○李白は、題詠に、「夜泊黄山聞殷十四吳吟」と書いて、吟詠が殷十四のものであることを明らかにしながら、詩の冒頭、
  昨夜誰為吳會吟     昨夜、誰が為す、吳會の吟、
と嘯く。何とも迂闊な話だと思われるかも知れない。しかし、こんなのは、あくまで、詩仙李白の芸当の一つに過ぎない。大詩人は、凡人が思いも付かない業を繰り出すことが大得意なのである。常識が通じるようなところに、詩人は存在しない。

○黄山には、蛟龍が棲むし、山猿が跋扈し、名月が照り、名岩が各所にあり、萬谷が深く、松樹が存在すると、李白の「夜泊黄山聞殷十四吳吟」詩は案内する。それが現代の黄山案内の『四绝三瀑』と、見事に一致することに驚く。と言うか、それは『四绝三瀑』を遙かに超えた表現となっている。つまり、李白の「夜泊黄山聞殷十四吳吟」詩は、まるで、黄山案内詩であることがお判りいただけよう。

○ここでも月は欠かせないし、大活躍している。李白の月と言えば、何と言っても、「峨眉山月歌」だろう。
    峨眉山月歌
  峨眉山月半輪秋     峨眉山月、半輪の秋、
  影入平羌江水流     影は平羌江水に入つて流る。
  夜發清溪向三峽     夜、清溪を發して三峽に向ふ、
  思君不見下渝州     君を思へども見えず、渝州に下る。
ここでは何とも見事な半月が出て、峨眉山を彩っているけれども、黄山では、
  龍驚不敢水中臥     龍の驚き、敢へて水中に臥さず、
  猿嘯時聞岩下音     猿の嘯き、時に岩下の音を聞く。
  我宿黄山碧溪月     我れ、黄山に宿るに、溪月の碧く、
  聽之卻罷松間琴     之を聽くに卻つて罷む、松間の琴。
とあって、黄山の月は『碧溪月』と形容されている。つまり、峨眉山では月は山から遠いけれども、黄山では月も山に親しいことが判る。

○冒頭、『李白ほど、黄山に似合う詩人は居ない』と書いたが、この李白の「夜泊黄山聞殷十四吳吟」詩には、李白の大得意と大満足が潜んでいる。

○2013年6月15日、黄山を訪れた。まさに黄山が「四绝三瀑」の山であることを実感出来た。ただ、残念ながら、日本人の私には、李白の言う『吳吟』が聞こえて来ない。どんな音楽なのだろう。甚だ気になった。

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