○2014年4月19日に、江の島を訪れ、江島神社に参詣した。江ノ電江の島駅から江の島入り口、青銅の鳥居までは、およそ1200辰如¬臍按が続いている。
○片瀬海岸から江の島までは砂洲で繋がっている。江の島は、いわゆる陸繋島である。車道は県道305号線だが、別に人の通る橋もあって、車道は「江ノ島大橋」、人道は「江ノ島弁天橋」と言う。
○江ノ電の鎌倉駅を発ったのが8時20分頃で、江の島駅に着いたのが8時45分頃であった。それから、のんびりと歩いて江の島を目指した。「江ノ島弁天橋」脇には、『名勝及び史蹟:江の島』の碑があった。
○青銅の鳥居に到着したのは、9時10分であった。青銅の鳥居から瑞心門までは、結構な坂道である。弁財天仲見世通りの案内がある、170辰曚鼻⇔章討謀攣妻店や食堂などが立ち並んでいる。
○朱塗りの大鳥居の先に、瑞心門が見える。瑞心門は唐風の門構えである。大鳥居から先は、急な石段の道となる。瑞心門をくぐって、右折するように参詣道は続いている。
○足元の覚束ない人には、『エスカー』と言うエスカレーターもある。観光地であるから、到れり尽くせりのサービスである。瑞心門の上の平地に、江島神社辺津宮が鎮座まします。御祭神は田寸津比賣命。
○辺津宮の左手にあるのが、八角の奉安殿で、ここに辯才天が祀られている。もっとも、江島神社のHPには、次のように案内する。
江島のシンボル「弁天様」
辺津宮の境内の奉安殿には、八臂(はっぴ)弁財天と、 日本三大弁財天のひとつとして有名な裸
弁財天・妙音(みょうおん)弁財天が安置されています。 江戸時代には、この江島弁財天への信仰
が集まり、江ノ島詣の人々で大変な賑わいを見せました。 世にいわれる「日本三大弁財天」とは、
安芸の宮島、近江・竹生島、江島の弁財天のことです。
八角のお堂・奉安殿は、妙音弁財天、八臂弁財天の御尊像を奉祀するために昭和45年に造営された
もので、 奈良法隆寺の夢殿をモデルにした造りとなっています。 中には、十五童子像、後宇多天皇
の勅額、弁財天像扁額、 弘法大師の手形が押された護摩修法による弁財天像があります。
*拝観料:大人150円 中高生:100円 小人:50円 (25名~団体割引)
http://www.enoshimajinja.or.jp/gosaijin/gosaijin.html
○境内には、金亀山与願寺の名残のものが多く存在する。更に参詣道が続いているのを進むと、展望所があって、鎌倉方面が一望出来る。その右手に江島神社中津宮が鎮座まします。御祭神は市寸島比賣命。
○更に参詣道を登ると、江の島の高台に出る。亀ヶ岡広場と言って、南側や西側の展望がある。亀ヶ岡広場の向かい側に、江の島サムエル・コッキング苑や江の島展望灯台(シーキャンドル)が存在する。時間があれば、展望灯台にも上ってみたかったのだが、諦めた。亀ヶ岡広場到着が9時30分であった。亀ヶ岡広場で、しばらく休憩した。
○ここから、参詣道は下りとなる。左手に江の島大師が存在し、真新しい仁王像が建つ。露天の仁王像は珍しい。更に下って行くと、『山二つ』で、大きな断層がここには存在する。
○『山二つ』から先は、再び登り坂となる。ただ、坂はそれほど続かない。平地になった先に江島神社奥津宮が鎮座まします。御祭神は、多紀理比賣命。付近には、群猿奉賽像庚申塔や、伝源頼朝寄進の鳥居、亀石、力石、山田検校銅像など、見所が多い。
○奥津宮の先を下ったところが稚児ケ淵で、その先に岩屋が存在する。ある意味、江の島の一番の名所は稚児ケ淵や岩屋だとも言えるのであるが、今回は時間が無くて断念した。
○奥津宮から『山二つ』まで引き返し、群猿奉賽像庚申塔のところから左に山道があるのを登る。少し登って、それから下ると、瑞心門下に出る近道である。瑞心門に帰り着いたのは、10時頃であった。
○わずか1時間ほどの江島神社参詣であった。これまで何度か江の島は訪れている。今回は、叔父を案内しての江島神社参詣であった。時間が無かったので、慌ただしい参詣となってしまった。