○前回、武元衡の「寒食下第」詩を案内した。武元衡が「寒食下第」詩で案内しているのは、有り余る春爛漫の豪華絢爛な花の季節に対峙した時の、心寂しい人の気持ちであった。ある意味、自然と人事の対比は、中国詩の得意技でもある。そういう伝統を踏まえたのが武元衡の「寒食下第」詩であるとも言えよう。
○中国の検索エンジン百度の百度百科が載せる「武元衡」項目で、『百度百科』が武元衡の代表作だと案内するのが「春興」詩である。もちろん、武元衡の「寒食下第」詩が詠っているのも、春である。その「寒食下第」詩よりも勝れると言う「春興」詩がどんな作品であるかが気になった。直接、清明・寒食に関する文学では無いけれども、ここで紹介しておきたい。
【原文】
春興
武元衡
楊柳陰陰細雨晴
殘花落盡見流鶯
春風一夜吹香夢
夢逐春風到洛城
【書き下し文】
春興
武元衡
楊柳に陰陰として、細雨の晴れ、
残花は落ち尽くし、鴬の流くを見る。
春風は一夜にして、香夢を吹かせ、
夢に逐ふ、春風の洛城に到るを。
【我が儘勝手な私訳】
芽吹いたばかりの青々とした柳葉に、陰陰滅滅と降っていた春雨が晴れ、
残っていた春の花も全てが落ち、鴬が春の去ったのを嘆いて鳴いている。
心地よい春風が吹くと、つい、春の夜の夢を見てしまうけれども、
夢の中で私は春風とともに洛陽まで行ってしまっていることに気付いた。
○『百度百科』が載せる「武元衡」項目の中に、「文学成就」があって、そこで武元衡は次のように評価されている。
【文学成就】
武元衡精于写诗,是中唐有名的诗人,也是中国历史上少有的诗人宰相。《旧唐书》记载 ,武元衡
工于五言诗,很多人都传抄他诗篇,配上乐曲传唱。他一生写了很多诗,原有《武元衡集》(又名《临
淮诗集》)十卷,《全唐诗》编入武元衡诗两卷、191首。《全唐诗外编》、《全唐诗续拾》各补其一
首。《唐诗二十立家》、《唐五十家诗集》《唐人百家诗》等,都收编有他的诗篇。武元衡的诗,以藻
丽绮丽、琢名精妙著称。
http://baike.baidu.com/view/171426.htm
○つまり、武元衡は時の宰相になったほどの人物なのである。文武両道を地で行く詩人が武元衡なのである。武元衡の「寒食下第」詩や「春興」詩を読むと、彼の詩には、何処か天性の感性の凄さを感じさせられる。おそらくそういうものは学習に拠って得られるものではない。
○それがどういうことであるかと言うと、例えば、
柳掛九衢絲 柳は九衢に絲を掛け、(「寒食下第」詩)
と言うふうに柳が町に春を呼び、
楊柳陰陰細雨晴 楊柳に陰陰として、細雨の晴れ、(「春興」詩)
と言うふうに柳とともに日々の生活があると言うことである。
○加えて、「春興」詩、
楊柳陰陰細雨晴
殘花落盡見流鶯
春風一夜吹香夢
夢逐春風到洛城
の、
楊柳→細雨→晴→殘花落→流鶯→春風→一夜→香夢→春風→洛城
と言う展開を誰が予想し、想像出来るだろうか。まさに「春の夜の夢」そのものだろう。
○更に付け加えると、「柳掛九衢絲」がどんなに奇抜な表現であり、「楊柳陰陰」がどれほど新鮮な組み合わせであるかは、多分、当時の人で無いと判るまい。二十一世紀の私たちに出来るのは、その想像や推測でしかない。まして、外国人の日本人には尚更の話である。
○それでも、武元衡が私たちを存分にもてなし、楽しませてくれることは間違いない。私たちは時空を超えて武元衡と交流することが出来る。それが中国文学の凄さである。
●なお、『百度百科』には、しっかり「春兴」項目も存在する。
春兴
《春兴》是唐代大臣武元衡的诗作。此诗是集春景、乡思、归梦于一身的作品。前二句述写异乡的春
天已经过去,隐含了故乡的春色也必将逝去的感慨;后二句想象春风非常富有感情而且善解人意,仿佛
理解了诗人的心情而特意为他殷勤吹送乡梦。全诗语言平白浅直,构思精巧奇特,以即将逝去的春景贯
穿始终,把令人黯然神伤的思乡之情淡化育即将逝去的春景之中,透露出一种温馨的惆怅之情。
http://baike.baidu.com/view/488077.htm