景行天皇:天子山
○内之浦の高屋神社は、肝付町北方1500番地に鎮座まします。その高屋神社について、白尾國柱の「麑藩名勝考」は次のように述べている。 正一位高屋大明神 在山陵之麓三里許、此地隷同郷南方村 奉祀即彦火々出見尊(神位坐像、高一尺三寸) 祔祀瓊々杵尊・葺不合尊。 此神廟は景行天皇の御艸建也。鳥居に正一位高屋大明神の扁額を掲ぐ(卜部兼敬書也)。例祭九月...
View Article孫昌胤:清明
○清明節寒食節文学の68番目として、今回は孫昌胤の「清明」詩を案内したい。 【原文】 清明 孫昌胤 清明暮春裡 悵望北山陲 燧火開新焰 桐花發故枝 沈冥慚歲物 歡宴阻朋知 不及林間鳥 遷喬並羽儀 【書き下し文】 清明 孫昌胤 清明は暮春の裡に、...
View Article景行天皇:天子山(続き)
○前回、白尾國柱が「麑藩名勝考」が記す、『天子山』の記述について案内した。『天子山』は、景行天皇の行在所故址とされる場所である。現在でも、肝付町北方1500番地に鎮座まします高屋神社のすぐ脇に存在する。...
View Article韋応物:清明日憶諸弟
○前回、清明節寒食節文学の68番目として、今回は孫昌胤の「清明」詩を案内したが、今回、案内するのは、韋応物の「清明日憶諸弟」詩である。 【原文】 清明日憶諸弟 韋應物 冷食方多病 開襟一忻然 終令思故郡 煙火滿晴川 杏粥猶堪食 榆羹已稍煎 唯恨乖親燕 坐度此芳年 【書き下し文】...
View Article韋荘:長安清明
○前回、清明節寒食節文学の69番目として、韋応物の「清明日憶諸弟」詩を案内した。今回案内するのは、韋荘の「長安清明」詩である。『百度百科』が案内する韋荘は、次の通り。 韦庄 韦庄(约836年— 约910年),字端己,汉族,长安杜陵(今中国陕西省西安市附近)人,晚唐诗人、 词人,五代时前蜀宰相。出身京兆韦氏东眷逍遥公房,文昌右相韦待价七世孙、苏州刺史韦应物四世孙。...
View Article張籍:同錦州胡郎中清明日對雨西亭宴
○今回案内するのは、張籍の「同錦州胡郎中清明日對雨西亭宴」詩である。張籍に詩については、これまで三詩を紹介している。 ・書庫「無題」:ブログ『張籍:寒食看花』 http://blogs.yahoo.co.jp/yan1123jp/40331533.html ・書庫「無題」:ブログ『張籍:寒食內宴二首(其一) 』...
View Article張繼:清明日自西午橋至瓜岩村有懷
○前回案内した、張籍の「同錦州胡郎中清明日對雨西亭宴」詩は、14文字もの長い詩題であったが、この張繼の「清明日自西午橋至瓜岩村有懷」詩も、13文字もあって、頗る長い詩題となっている。ある意味、詩題だけで、一つの詩想を描き出しているとも、言えよう。 ○中国の検索エンジン百度の百度百科には、「清明日自西午橋至瓜岩村有懷」項目も存在する。ただ、ほとんど役には立たない。...
View Article鄭准:江南清明
○清明節寒食節文学の70番目として、韋荘の「長安清明」詩を紹介した後、張籍の「同錦州胡郎中清明日對雨西亭宴」詩、張繼の「清明日自西午橋至瓜岩村有懷」詩と案内して来た。73番目として今回紹介するのは、鄭准の「江南清明」詩である。 【原文】 江南清明 鄭准 吳山楚驛四年中 一見清明一改容 旅恨共風連夜起 韶光隨酒著人濃...
View Article高翥:清明日対酒
○清明節寒食節文学の74番目として案内するのは、高翥の「清明日対酒」詩である。 【原文】 清明日対酒 高翥 南北山頭多墓田 清明祭掃各紛然 紙灰飛作白蝴蝶 涙血染成紅杜鵑 日落狐狸眠冢上 夜歸兒女笑燈前 人生有酒須當醉 一滴何曾到九泉 【書き下し文】 清明日、酒に対す 高翥...
View Article景行天皇と日向国
○景行天皇の行在所故址だとされる天子山について、「景行天皇:天子山」「景行天皇:天子山(続き)」と見てきたが、もう少し、景行天皇の日向国に於ける行状について考えてみたい。 ○景行天皇の日向国での足跡は「日本書紀」に明記されていて、「古事記」には無い。「古事記」の景行天皇記は、ほとんど倭建命に占拠されているのが現状である。それに対して、「日本書紀」では、景行天皇は天皇としての足跡をしっかり残している。...
View Article柳永:木蘭花慢・拆桐花燗漫
○清明節寒食節文学の75番目として案内するのは、柳永の「木蘭花慢・拆桐花燗漫」詞である。木蘭花慢とは、詞碑名で、『百度百科』には、次のようにある。 木兰花慢 木兰花慢,词牌名。原为唐教坊曲。《金奁集》入“林钟商调”,五十五字,前后片各三仄韵,不同 部换叶。代表作有辛弃疾词《木兰花慢·席上送张仲固帅兴元》等。 中文名: 木兰花慢 字数: 五十五字或五十六字...
View Article天孫降臨の世界山
○大和三山とは、何か。ウィキペディアフリー百科事典には、次のように案内する。 大和三山 大和三山(やまとさんざん)は、奈良県(旧・大和国)の奈良盆地南部、飛鳥周辺(橿原市)にそ びえる3体の山々の総称。1967年(昭和42年)12月15日、歴史的風土保存区域に指定、各山も歴史的 風土特別保存地区に指定、2005年(平成17年)7月14日、国の名勝に指定された。...
View Article甦る卑弥呼:大峰・吉野信仰
○前回、「甦る卑弥呼:大山祇神」と題して、卑弥呼が大山祇神として、現代でも日本各地で齋き祀られていると言う話をした。何しろ、大山祇神を齋き祀る社と言うのは、伊予国一宮である大山祇神社であり、伊豆国一宮である三嶋大社だと言うのだからいい加減な話ではない。また、前々回に「卑弥呼の亡霊」で話した駿河国一宮の富士山本宮浅間大社や、甲斐国一宮の浅間神社が齋き祀る木花之佐久夜毘売命(木花開耶姫命)も、本来、その...
View Article甦る卑弥呼:辯才天信仰
○「甦る卑弥呼:大山祇神」から「 甦る卑弥呼:大峰・吉野信仰」と続けているが、今回は「甦る卑弥呼:辯才天信仰」となる。実は、卑弥呼の鬼道が何であるかに言及した際、すでに卑弥呼と辯才天信仰との関係については以下のブログに書いている。 ・書庫「肝属町の三岳参り」:ブログ『卑弥呼の鬼道PART供 http://blogs.yahoo.co.jp/yan1123jp/40442152.html...
View Article甦る卑弥呼:住吉三神
○「出雲神の故郷」から「卑弥呼の亡霊」「甦る卑弥呼:大山祇神」「甦る卑弥呼:大峰・吉野信仰」「甦る卑弥呼:辯才天信仰」と続けて来た。つまり、 ・大物主大神 ・木花之佐久夜毘売命(木花開耶姫命) ・大山祇神 ・大峰・吉野信仰 ・辯才天信仰 の全てが日向国の鹿児島県鹿児島郡三島村硫黄島から始まっていると言う、何とも恐ろしい話である。...
View Article甦る卑弥呼:諏訪神
○諏訪神も古い神である。信濃國一之宮とされる諏訪大社が諏訪神の総本社とされている。その諏訪大社のHPには、諏訪大社について、次のように案内する。 諏訪大社 諏訪大社(すわたいしゃ)は、長野県の諏訪湖の周辺に4箇所の境内地をもつ神社です。 信濃國一之宮。神位は正一位。全国各地にある諏訪神社総本社であり、 国内にある最も古い神社 の一つとされております。...
View Article甦る卑弥呼
○本来、書庫名が「肝属町の三岳参り」と言うのだから、邪馬台国の卑弥呼は無関係に近い。何故なら、肝付町は大隅半島にあって、肝付町は狗奴国に属するからである。 ○ただ、卑弥呼が本来『ひむか』であって、「日向」であるとするなら、邪馬台国も狗奴国も日向国内であることになる。もともと『ひむか』名は、それほどの大名なのである。...
View Article硫黄島が舎衞国であること
○我が家は浄土真宗であるから、仏事には佛說阿彌陀經を聞くことが多い。本ブログでも、佛說阿彌陀經については、何回か扱っている。 ・書庫「無題」:ブログ『佛說阿彌陀經』 http://blogs.yahoo.co.jp/yan1123jp/35382175.html ・書庫「無題」:ブログ『佛說阿彌陀經』...
View Article佐伯が舎衞城であること
○前回、「硫黄島が舎衞国であること」と題して、「日本書紀」が記録する『吐火羅』と『舎衞』が何処であるかを問題にしてきた。江戸時代に、白尾國柱は、吐噶喇列島が『吐火羅國』だとし、臥虵島を『舎衞』だとしている。それを現代に於いて、岩波古典文学大系本「日本書紀」が、吐火羅は今のタイ国、メコン河下流の王国、ドヴァラヴァティであり、舎衞は祇園精舎で有名な舎衞城だとしているのに驚いた。...
View Article平家物語の硫黄島
○「平家物語」を読んだことのある方なら、硫黄島をご存じのはずだろう。「平家物語」前半部のヒーローが俊寛僧都であることに疑問を抱かれた方は、相当「平家物語」を読みこなしていると言える。その俊寛僧都は硫黄島のヒーローでもある。 ○鹿児島県鹿児島郡三島村硫黄島へ出掛けてみると、現在でも、硫黄島で最大の有名人が俊寛僧都であることを理解する。これまで、 ・2009年5月30日(土)...
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